親戚の葬儀 ・・・ 静岡から飯山へ嫁に来た婆さんが亡くなった

連れ合いの爺さんが若い頃

冬季出稼ぎ ・・・ みかんもぎ ・・・ に行った縁で結婚したのだった

・・・ ナン年かかって連れてきたんだい? ・・・

・・・ なに、ひと冬だけさ ・・・ 

・・・ えっ、ひと冬? たった4か月? ・・・

恐るべし! そーいえば、この、我が父のイトコ爺、若い時は超美男(イケメン)だった

・・・ かつて ・・・ 飯山市でスキー場、民宿が始まる昭和30年代まで ・・・

農閑期の冬、仕事を探して 「出稼ぎ」 に行くのが当たり前だった

若者は 「出稼ぎに行かせてくれ」 と、親に頼み、

許されなければ、内緒で出稼ぎ先を探し、家出同然に出奔(しゅっぽん)した、とも聞く

「現金かせぎ」 だけでなく 「外の世界を見たい」 という若者ならではの 「好奇心」 

今の時代なら、さしずめ 「青年海外協力隊」 又は 「地域おこし協力隊」 か?

出奔した青年も、春の農繁期には帰り、翌年からは堂々と出稼ぎに出た

今にして思えば 「青年の出稼ぎ」 は、貧しい時代の 「遊学」 であり、

出稼ぎ先から帰った彼らが、地域に 「嫁」 と 「新風」 をもたらし

彼ら自身が ・・・ 地域で大きく飛躍する ・・・ きっかけになったのだった



・・・ この寺は ・・・ 50人ほどの 「お(とき)」 ができる ・・・


葬儀屋の空々しい演出がなく、

家族の、亡くなった婆さんに対する飾らない言葉が、参列者に直截(ちょくせつ)伝わり、涙する

享年92才という婆さん ・・・ 大往生の葬式 ・・・ いい、お別れの会だった