狩猟を始めて35年になる。特に、思い込みがあったわけでもなんでもない。誘われて、あっ、そうっ!と軽いノリで始めた。当時、独身。親と同居していたが、相談なんかしない。双方とも、はっきり言って相手のすることに無関心だった。

面と向かって反対した人が一人いた。妻の父だ。狩猟を初めて数年後、結婚してすぐだった。「鉄砲はやめた方がいいなあ」と言った。『何を言いやがる、実の親でさえ言わねえことだ。娘を嫁に呉れたくらいで、偉そうに説教するんじゃねえ。』と言ってやった。えーっ、そんなこと言っちゃったの?うん、腹の中でね。ホントは、涼しい顔で聞き流した。相手も、よけいな事を言ったと反省したらしく、以後、なにも言わなくなった。

当時、人口1,000人ほどの外様地区に、狩猟者は20人くらいいた。それが今2人しかいない。同世代の人たちも、ずっと前にやめた。始めてから20年以内でやめた人が多いんじゃないだろうか。子供が年頃になるとやめる傾向があるようだ。妻と娘がタッグを組んで、『生き物を殺すなんて、野蛮だ』と、親父に迫るんだろうか?それに対して、親父は反論できないんだろうなあ。
あっ、うちはそういうことがなかったんで(正確には『親父がすることは絶対』という家庭だったので)わかりませんが。

つい最近まで、狩猟は道楽だった。それが、ここ数年の野生鳥獣被害拡大と狩猟者の激減によって、存在価値が急速に高まった。需要と供給のバランスが崩れたのだ。35年前には考えられなかったことだが、狩猟による収入の道も開けてきた。思うに、ずっと続けてさえいれば、人の一生くらいの短期間であっても、状況が一変することもあるんだと思う。その継続が、本人の努力に基づくものであるか否かに関係なく。

船舶免許・船をもって20年になる。延べ操船時間は2000時間くらいだろうか。ベテランの域には程遠いと思う。ただ、この間、ずっと定期購読しているボート雑誌がある。毎月、エンジン、船体修理、操船技術などを斜め読みする。内容は、すぐ忘れる。が、いざという時、ふっと思い出すのも、この情報だ。ここにも、継続は力なりの厳然たる事実がある。
先だって、ダム湖遊覧船の2機あるエンジンの1機が始動しなかった。もしかすれば、と思いついた。案の定、ヒューズが切れていた。結果は、きわめて初歩的だ。だが、それに気づくか否か、
海上であれば生死にかかわる。

庭に芝を貼ったのは、20数年前。最初は畳三枚くらいだった。今、家の周囲500uに広がった。手をかけて根気よく世話をしている、わけではない。目的は、芝生の上で楽しむことだから、それなりに緑だったらいい、という考え方だ。だから、管理が苦労だと思ったことはない。いやむしろ、どうやったらもっと手を抜けるか、そればかり考える。

続けることが重要だ、とは誰しもが思う。しかし、それは簡単ではない。なにかしらの理由をつけて、やめてしまうのも日常茶飯事だ。自慢じゃないが、私には続けたことの何百倍の三日坊主がある。なでしこジャパンが優勝した。30歳を過ぎたキャプテン、すごいなと思う。人間国宝とか、○○褒章とか何十年間も一つのことに打ちこんできた人の話を聞くと、その時は見習いたいと思う。しかし、人は目先のことに惑わされて、自分に言い訳を作って、簡単にやめてしまうのだ。続けるだけが能じゃない、なんて思ったりもする。それは、それでいい。みんな、自分の人生なんだから。ただ、続けたことが「ラッキー」になることがあるってのも、これまた事実だ。

私にとって、継続と希少価値が定年退職後の人生に、まったく予定していなかった経済効果を与え、なおかつ生きがいになっている。自分自身でさえ、そんな日が来るとは、予想だにしなかった。
思うに、『工夫』を加えることが、継続させるコツではないだろうか。
うまくいかない、じゃあ、こうしてみたらどうだろう。こうすればもっと楽になるんじゃないか。
「そのこと」自体よりも「そのことに、工夫を加えること」が面白くなってくる。早い話が「そのこと」は、
なんだっていいんだと思う。
こんなふうに生きたことの集大成は、晩年に必ずやってくる。
そう思って続けてきたわけではない。 にもかかわらず。
だから、 『継続は力なり』 なのだ。