猟友会の会議で、こんなショッキングな話が出た。
「ツキノワグマは草食で、北海道に住むヒグマのように動物を襲って食うということはないとされているが、あれはうそだ。クマに襲われて食われたカモシカの死骸をいくつも見た。足跡はクマだった」
「北信濃地域にニホンジカが少ないのは、クマに襲われるせいだと思う。シカは雪の中を歩くのが苦手で遅い。それに引き換え、クマは手足の肉球が大きく雪に沈まない。雪上なら訳なくシカに追いつく。」

今年、飯山市役所からのツキノワグマ駆除のために出動依頼が何度も来た。
わが外様地区でも、元信濃平スキー場の下方、顔戸地区民家の最上端あたりで、つい最近目撃された。我が家からは直線距離で1kmぐらいだろう。いよいよおいでなすったか。きのこの時期だが、ちょっと山へは行けねーなー。わが村がある千曲川の西側では、飯山地区と常盤地区だけ目撃情報がない。千曲川の東側では例年通り多数の目撃情報と捕獲実績がある。そういえば、富倉地区も目撃情報がないが、これは人間が少なくて出会わないのと、クマの大好物の残飯が少ないせいだろうと思う。

今年はクマの餌になる山の木の実が、猛暑のせいか不作らしい。それで里へ下りてくる。この辺では残飯を家庭ごみで収集するようになって日が浅い。家の脇の畑に、無造作に捨てている家庭も多い。一度この味を覚えたクマは山に帰らなくなる。人家脇には柿の木も多い。これもクマの大好物だ。上手に木に登って、木の股に腰掛けて柿を食う。渋ガキだって食っちゃう。山の小さなブナの実の皮をむいて食うのに比べれば、ずっと効率はいいし、第一うまい。クマだって、うまい物の方がいいのは当たり前だ。

おらー猟師だが、クマはおっかないから、無造作に一人で山へは行かない。
だいたい、鉄砲を持ってたって、クマを仕留めるのは容易ではないのだ。昔読んだクマ打ち名人上条なにがしというじさまの話では、「クマはすぐそばで出会うと、人を襲おうと立ち上がる。その時すかさず、のど元の月の輪(白い部分)に鉄砲を押しつけるようにして撃つ」それぐらいでないと、一発では仕留められないという。早い話、命がけだ。クマを取るために命まで掛けたくない。

が、クマを取ればいい金になるのも事実だ。「熊の胆」(くまのい:胆のう)は万病の薬。乾燥した熊の胆の相場は1グラム1万円。大物を仕留めれば、熊の胆だけで100万円になるという。また、クマの脂肪はやけどの薬。猟師のおっさんが言っていた。「クマの油を火で溶かして上澄みを取ろうとしていて、誤って自分の手にかけてしまった。あわてて流水で冷やしながらやけどを覚悟したが、まったく傷にならなかった。あれは効く。」また、宴会の前に、クマの油をちょっとなめておけば、絶対に悪酔いしないともいう。

ところで、山でクマに出合ったらどうすればいいか。猟師なのにお役にたてる話ができなくて悪いが、どうしてみてもだめらしい。クマがパニックになっちゃうのだ。つまり、間近で出あわないことが、唯一の予防法のようだ。人家近くに寄せない為に、残飯を外に捨てないことも重要だ。山へ行く場合は、ラジオや鈴で人間が近づいていることを遠くから知らせる。一人では山へ行かない。万一のことも考えて、必ず連絡手段を持参する。なんだか、治安の悪い国を旅するような話になってきたなあ。

なぜ、こんな危険が身近にあるのに、行政はもっと徹底した対策を取らないんだろうか。誰もが不思議に思う。猟師だってそう思う。手元に我々駆除従事者が持つ許可証がある。これの「許可の目的」には「個体数調整」と書かれている。つまりクマを「駆除」するのではなく、絶滅しないように「数を調整する」のが目的だ。だから、決められた数しか取ってはいけない。人間が襲われないようにするのが目的ではない。うーん、こうなると住民税を払っている我々以上に、クマが優遇されているってことか。なんで、こんな理不尽がまかり通るのだろうか。

クジラ捕獲を妨害するグリーンピースのように、動物愛護団体が存在する。民主主義社会では、人間一人と野生動物一匹の価値は変わらないらしい。ストーカー事件で警察が手をこまぬいていたら、女性が殺害されたという事件も後を絶たない。警察の責任がその都度取りざたされるが、担当警察官が逮捕されたとは聞かない。つまり、いかに時代が進もうと、国や自治体は個人を危害から守ってはくれないのだ。自分の命は自分で守るしかないということだ。それを承知した上で、キノコ取りでもトレッキングでも楽しんでいただきたい。残念ながら危害に遭ったら、その時はかたき討ちだけはしてあげる。