睡眠時無呼吸症候群

睡眠時に呼吸停止(10秒以上)になる病気。近年まで病気とは思われていなかった。

 初めて、この症状を耳にしたのは50年ほど前、まだ、小学生だった。
親戚のおばさんが「うちのとうちゃん、眠ってて心臓が止まる。しばらくすると、ふーっと大きなため息をついて
生き返る」と言っていた。その時の様子を今でも鮮明に思い出す。
現在なら、止まったのは心臓ではなく呼吸だ、というところだが、その時は、そんなことがあるのかなあと思っただけで、
まさか、自分がその時すでに、そうなり始めていたとは知る由もなかった。

中学生のころから、授業中にしょっちゅう居眠りをした。
別に、夜更かししていたわけではない。
どうしてオレだけ、こんなに眠いんだろうと不思議に思った。父親に言うと「精神がたるんでいるからだ」
と、語気荒く言った。いつもは温厚な父だったので、言い方に違和感があった。
今思えば、父も子供のころに同じ思いをしたんだと思う。
 
3年前、初めて専門医の診察を受けた。
無呼吸権威の女医は、私の顔を見るなり「お父さんも、いびきがすごかったでしょう」と言った。
なんで、親父のことまで知ってるんだ、といぶかる私に
「あなたの顔を見ればわかります。骨格からくる典型的な睡眠時無呼吸症候群です。」と言った。
さらに、「最近は、小学生の子供を連れたお母さんが、恥ずかしそうに『子供が学校で居眠りするんです』
と言って連れてきます。これも、親譲りの骨格からくる典型的な無呼吸症候群です。」
へえーっ! そうだったのかあー!。


会議中についウトウト。ペンを落として失笑を買うことは、しょっちゅうだった。
人と会って、自分がしゃべってるうちにコックリ。車の運転は1時間が限度。
高校へはバイクで通学していたが、居眠り運転で何度も道路の路肩から落ちそうになった。
気がつくと、対向車線を走っていたことも何度もある。
これまで40年以上も事故にならなかったのは、奇跡としか言いようがない。
いびきでも苦労した。
旅館に泊って、同部屋の人に迷惑だからと廊下で寝たら、建物中に響き渡って、かえって大ひんしゅく。
けがで入院したら2日目に病室が変わって、婆さん2人の部屋に入れられた。
「あなたのいびきで同室の方が迷惑しています。この婆さんは、一人は耳が遠いし、一人はボケてるから大丈夫」
と看護婦が言った。
トホホ、なさけなや。これでも、男じゃ。
翌日、かってに退院した。「二度と来るかっ!」

しかし、これじゃあ、うっかり病気にもなれねえなあ。

無呼吸の検査入院は、器具を付けて夜の7時から翌朝までベットから降りられない。
結果が出た。呼吸停止は1時間に60回。最長96秒。「重症」と診断された。
その日から「シーパップ」という外国製の強制呼吸器を付けて寝るようになった。
機械が呼吸停止を感知すると、鼻から肺へ高圧空気を送り込む。早い話が人間用空気入れだ。
鼻呼吸で寝ていても、気が付けば口を大きくあけていることが多かった。
呼吸が止まって、息苦しくて、魚のように口をパクパクしていたんだろう。朝になると口の中がカラカラで、苦い。
そんな不快感がなくなった。あの、超特大いびきも解消された。長時間運転も苦にならなくなった。
なんてことだ。これがフツーの人の生活だったのか。


医者が言った。「呼吸が停止した時に、心臓は脳に酸素を送ろうと長い間無理をしてきました。
放っておいたら、心筋梗塞になっていたかもしれません。」
ひえー!くわばら、くわばら。
ところで先生、この強制呼吸器はいつまで付けてればいいんですか?
1年ぐらいでしょうか、もっとですか?
医者が言った。「眼鏡だと思ってください」
眼鏡、メガネって・・・。まさか、あのー・・・。
女医さんは、うなづきながら、にっこりほほ笑んだ。