・・・ 長峰丘陵の土が黒いのは、「焼畑」 かもしれないよ ・・・

学者猟師・トキダさんのひと言に ・・・ ガッテン、ガッテン、ガッテン!

昭和30年代初期、我が家の畑を飯山北高地歴部が発掘調査、竪穴式住居跡を発見。

「柳町遺跡」 と命名。 調査記録には ・・・ 外様平においては、9世紀後半から10世紀
にかけて律令制のもとに開拓が進み、柳町遺跡では古墳時代前期の完形の土器が出土
・・・ と記され、その土器は、我が家と、飯山北高、それぞれに保管されている。

Wikipediaによれば、焼畑は縄文農耕以来の粗放的農業を引き継ぐ形態の農法で(中略) 
ヒエ・アワ・ソバ・ダイズを中心に (中略) 
中部地方の信濃国や甲斐国、関東地方の上野国の山間部で盛んであった (以下略)

実は、この黒土を50�pほど掘り下げれば、黄褐色の山土になるのが不思議だった。
「焼畑」 で表土だけ変色して黒くなったのなら、うなづける。

さらに、野焼きの火は山上にむかって燃え広がるが、長峰丘陵は褶曲台地。
東西の平地との標高差は100m足らず。したがって、山裾で火をつければ山頂付近で消え、
大規模な山火事の心配がない。 焼畑農業には、うってつけの地形だったのではないか。

トキダさん ・・・ 間違いないよキット ・・・ こういう話の展開って、ロマンがあって愉しいネ!